エヌの世界ブログ

2020年6月までは(一社)対馬観光物産協会の観光担当/事務局長Nとして、7月からはサイトリニューアルによりエヌ(個人)としてブログを書いています。
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大雨の影響による姫神山砲台(対馬市指定文化財)の登山道の状況について
 こんにちは、局長Nです。

 7/24に九州北部の梅雨明けが宣言され、いよいよ夏本番です!


 さて、7/20の記録的な豪雨が全国的なニュースになり、道路状況のお問い合わせを何件かいただいております。

 「〇〇〇〇への道は大丈夫か?」シリーズ、最終回(たぶん)は「姫神山(ひめがみやま)砲台です。

 明治期の対馬の砲台では、最大かつ典型的なもので、今年4/15付けで対馬市の文化財にも指定されました。

 >>姫神山砲台跡と対州馬が文化財 対馬市指定(読売新聞オンライン)



緒方集落

 姫神山砲台へ続く軍道(登山道)の入口は、対馬市美津島町緒方(みつしままち・おかた)集落にあります。 >>Googleマップ


チームおばか

 6/26に除草・清掃作業を行い、その後の雑草の伸び具合も気になったので、今回、ヤン、ゆーみん、ヤマピーの3人+私が出動しました。

 チーム名は・・・「ちょっとおばか」です(殴)

 「暑いし、道具もあるし、山頂まで車で行って、気になる所をちょっと手入れしましょうか」的なノリだったのですが・・・



軍道の状況


 集落から650m地点で、車の轍(わだち)が水流で激しくえぐれていました。

 素人がどうにかできるレベルではなかったので、徒歩で砲台跡を目指すことに。

 ※もともと道が狭く悪路なので、緒方集落に駐車して、徒歩での砲台散策をお勧めします。砲台跡までは、片道約2km、徒歩40分ほど。


 ※2019/8/5現在、対馬市により登山道の整備(盛土とローラー)が行われています。ただ、大雨のたびに土砂が流出するため、徒歩でのアクセスをお勧めします。



ツシマヒラタクワガタ

 「あっ、ツシマヒラタクワガタ! すげー!!」

 (目的が違う!)



姫神山砲台4

 砲台手前の広場からに到着。市指定の文化財のエリアに入ります。


姫神山砲台2

 砂岩と赤レンガで構成された、明治期の砲台跡。

 この素晴らしさに魂が震えれば、もう立派な対馬マニアです。



姫神山砲台・案内板

 案内板で、砲台の配置図をチェック。

 日露戦争時代を代表する「28センチ榴弾砲」が、2門×3ヶ所=合計6門配備されていました。

 砲座の左右に観測所(砲台の眼)があり、そこから対馬海峡や無人島・黒島、緒方浦や浅茅湾などを一望できます。


姫神山砲台3

 「雰囲気、あるねー」


バテ気味のチームおばか

 暑さでバテ気味の、チームちょっとおばか。


ツシマヒラタクワガタ2

 帰り道、またまた大型のツシマヒラタクワガタを発見(-_-;)


ツシマヒラタクワガタ3

 7センチくらいですが、肉太ですごい存在感・・・。



【結論】

姫神山砲台は、緒方集落に駐車して、歩いて行こう!



 エヌの世界 > 砲台 > 天空の要塞 姫神山砲台



おまけ

 2月に白嶽登山道の側溝を浚ったのですが、やり残しがあったので、姫神山砲台の後に行ってみました。


白嶽登山道の様子

 写真中央部に、右側の側溝の水を、左側の渓流に流すU字溝があるのですが、完全に埋まり、大雨の際に水があふれます。

 左端には、かろうじて掘り出したグレーチング(溝蓋)が見えていますが、車で踏み固められた土砂はコンクリート状態で、スコップを打ち込むと火花が飛びます(-_-;)

 次の機会に、土砂を除去し、グレーチングの上に蓋をして、埋め戻そうと思います。


 今後も台風などの際にお問い合わせがあると思うので、対馬の登山道の見まわり・維持などを(楽しみつつ)行うグループを立ち上げられないかなあ、と考えています。

 えーと、グループ名は、「ちょっとおばか」(うそです)
対馬砲台群 | 10:27 | - | - |
根緒三砲台と謎の観測所とロングトレイルについて
 こんにちは、マニアック担当・局長Nです。

 神社とか砲台とか登山とか、偏った問い合わせ(失礼)があると、私にまわってきます(^^;)

 さて、そんな私が細々と続けているマニアック路線のひとつ「対馬要塞・砲台群」についての報告&新情報です!


 昨年11月、協会スタッフが「えっ?本当にやるんですか?!( ゚Д゚)」と懸念する中、「根緒(ねお)三砲台トレッキングイベント」(当協会ブログ)を実施しました。


根緒・朝日

 今回の訪問地・美津島町根緒(みつしままち・ねお)(Googleマップ)は、厳原町中心部の城下町エリアと、美津島町の中心部・鶏知(けち)の間に位置し、朝日が綺麗な地域です。

 根緒は立地上、通過地点になりがちで、訪問したことがないという人も意外に多いのですが、日露戦争が迫る明治期には、厳原と鶏知を守る防衛拠点という意外な顔をもっていました。

 幕末、東アジアの植民地化をもくろむロシアは対馬に圧力をかけ( ロシア軍艦対馬占領事件(Wikipedia) )、明治政府は対馬西側からのロシア軍の接近に備え、根緒に砲台を3つ建造しました。

 上見坂(かみざか)公園側からは立ち入り禁止になっており、訪問できない状態でしたが、昨年から何度か現地調査を行い、旧国道からアクセスするルートを確認したため、今回、イベント実施の運びとなりました。


集合
 
 参加者は、お客様12名に対し、行ったことがないので休みだけど行きます!というスタッフ6名の計18名。

 「日程があわず参加できなかったけど、情報がほしい」という問い合わせも何件かありました。


陸防

 根緒砲台は軍事境界標石(通称・陸防)の宝庫です。昭和の陸防はセメントですが、明治のものは石で、テンションがあがります(謎)

軍道

 砲台への物資輸送には馬車を使ったため、緩傾斜の軍道が整備されています。


砲台跡1

砲台跡2

 明治政府が国防のため技術・予算をつぎこんだ砲台跡は堅牢で、100年以上の風雪にも耐えてきました。


砲座

 28センチ榴弾砲の砲座と、


観測所

 「砲台の眼」である観測所、


井戸

 井戸も綺麗に残っています。
(100年以上前のものなので、井戸の上部には絶対に乗らないでくださいね)


砲台の石積み

 軍事施設は、戦争の負の遺産として見られがちですが、近代土木遺産として、また対馬の歴史を伝える証人として、後世に残していくべきものだと感じています。

 今回の根緒三砲台トレッキングは、厳原港と対馬空港の間にあるという立地条件、保存状態のよさ、砲台・堡塁のどちらも観察できる点などから、比較的利用しやすいコースだと感じました。
(季節の選定や、駐車場・誘導板などもう少し整備が必要ですが)



おまけ

 根緒砲台には一部海が見えない(死角がある)という欠点があり、それを補うため、南方2キロの山中に別の観測所を設置し、当時の最新鋭技術である無線(と有線)で通信を行っていた、という情報があったので、年明けに行ってみました。

清水山から小浦を望む

 厳原町の清水山から見た、白水山(右の綺麗な円錐)と観測所の山(左の連山)。中央奥に見えている半島が大梶岳。

 途中、いろいろ面白いものを発見したので紹介します。


白崎大明神の磐座

 厳原町曲(いづはらまち・まがり)の白崎大明神の磐座(いわくら)です。神が宿るとされる巨石で、神社の原型でもあります。

 名花ダンギクも多く(今はドライフラワー状態でしたが)、秋には植物観察も楽しめそうです。


根緒砲台の観測所

 情報通り、高平山北方の無名山ピークにあった根緒砲台の観測所。きわめてよい状態でした。


大梶岳を望む

 で、このまま帰るのも何だし(殴)、ここから1.1km先の大梶岳(おおかじだけ)まで足を伸ばしてみました。
 (マネしないように・・・)


大梶岳からの展望

 対馬海峡に突き出した大梶岳からの眺望。

大梶岳

 心が解放される絶景でした。


根緒三砲台・地図

 地図の左上が根緒三砲台コース、真ん中下が観測所+おまけコースです。

 ん? 地図を見ていると、観測所から根緒砲台に直接つながるルートがあるような気がしてきました(わかりますか?)。

 おそらく明治期の軍が使っていた道で、その先は上見坂につながっているので、対馬全体をつなぐロングトレイルの一部になりそうです。

 それはまた別の機会に・・・。


 >>浅茅湾縦断シーカヤックツアーと対馬アイランドトラバース構想(妄想)について(当協会ブログ2018.11.15 Thursday)
対馬砲台群 | 19:30 | - | - |
「日本のいちばん長い日」と鈴木貫太郎について
 こんにちは、局長Nです。

 今年は終戦から70年の節目の年で、まもなく終戦の日を迎えます。

 昭和20年(1945)8月15日の正午、日本の無条件降伏を主旨とするポツダム宣言の受諾が、昭和天皇の肉声により全国にラジオ放送され、この玉音放送によって、日本は終戦を迎えました。

 戦争は始めることよりも終わらせることの方がはるかに困難で、もしポツダム宣言を受諾していなかったら、米軍が九州から北上し、ソ連軍が北海道から南下し、日本は兵力を分散させられた挙句、国土を南北に分断されていたかもしれません。

 同じ民族で殺しあうという朝鮮半島の悲劇が日本でも起き、その後の歴史が現在とはまったく変わっていたかも知れないのです。


 さて、戦争と平和は大きくて重いテーマなので、正面から取り組むのは気が重いという方は、現在公開されている映画「日本のいちばん長い日」をご覧になってはいかがでしょうか?



 キャッチコピーは、「その決断に、すべての希望は託された。降伏か、本土決戦か−」


 玉音放送までの2日間に、宮中、軍、政府内などで何が起こっていたのかを、昭和天皇、陸軍大臣、首相、放送関係者、クーデター首謀者などの動きを追いながら、スリリングに描いています。

 2度目の映画化となる今回のキャストは、

阿南惟幾(あなみこれちか。陸軍大臣) - 役所広司
昭和天皇 - 本木雅弘
鈴木貫太郎(首相) - 山崎努
迫水久常(内閣書記官長) - 堤真一
畑中健二(陸軍少佐) - 松坂桃李

 という豪華な顔ぶれ!

 猛暑のお盆は、映画館で、戦争と平和について考えてみてはいかがでしょうか?



 さて、本編です(前置き、長っ!!)


 今回の映画で名優・山崎 努さんが演じる鈴木 貫太郎首相は、最高齢(77歳)で就任した戦時体制最後の総理大臣ですが、実は、若いころに対馬の竹敷(たけしき。美津島町)の海軍要港部にいました。

 首相としてはあまり感情を表に出さないイメージですが、竹敷にいたころは「不死身の鬼貫(鬼の貫太郎)」と呼ばれるほどの勇猛な軍人で、日清戦争、日露戦争の勝利に貢献しています。

 >>鈴木 貫太郎(Wikipedia)


 近代国家として誕生したばかりの日本が、東洋の大国・清、ヨーロッパ列強のロシアに勝利し、やがて世界大戦へと突入し、無条件降伏へと至る・・・。

 そのすべてに、深く関わっていたのが、海軍の有能な軍人であり、戦時体制最後の首相となった鈴木貫太郎だったのです。

 映画を見る際には、そういったことをふまえ、鈴木首相の発言、行動に注目してみてくださいね。





対馬歴史観光ガイドブック

「対馬歴史観光ガイドブック」より こぼれ話「竹敷と鈴木貫太郎」

 1894〜95年の日清戦争の頃、対馬・竹敷の水雷艇隊に若き鈴木貫太郎がいました。

 多くの国々が「眠れる獅子・清」の勝利を予測しましたが、日本は50tほどの水雷艇と魚雷の有効性に着目し、東洋最強とされた清の戦艦「定遠」(ドイツ製、7000t超級)を魚雷で擱座・自沈させ、勝利しました。

 10年後の日露戦争(日本海海戦)では、鈴木貫太郎はバルチック艦隊の進路に悩む秋山真之を激励、自らも第四駆逐隊司令として竹敷を出撃し、バルチック艦隊の残存艦(戦艦3隻、巡洋艦2隻)を撃沈する大戦果をあげました。

 2・26事件で青年将校に襲撃されるも一命を取り留め、第2次大戦末期には、昭和天皇の懇請により総理大臣に就任、戦争を終結させた8月15日に総辞職します。

 戦後も戦争続行派から命を狙われ、引越しを繰り返しながら、3年後に死去。

 「不死身の鬼貫」は、日本が世界の大国と戦い続けた明治〜昭和期を現場で生き抜いた稀有な人物でした。


 >>「対馬歴史観光ガイドブック」の配布について(当協会ブログ 2011.04.26)




対馬砲台あるき放題

おまけ

 この夏、「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録されましたが、その時代、対馬は近代化を急ぐ日本の防波堤、国防の最前線であり、全島に多数の砲台が建造されました。

 ウルトラマニアックな対馬の砲台のガイドブックもありますので、お楽しみください(殴)

 >>「対馬砲台あるき放題〜対馬要塞まるわかりガイドブック〜」の配布について(当協会ブログ 2012.05.16)
対馬砲台群 | 20:34 | - | - |
姫神山砲台とMAMOR(マモル)とベストカーについて
 こんにちは、8/9(土)に、対馬市美津島町緒方(みつしままち・おかた)地区の「姫神山砲台」の草刈りに行ってきた局長Nです。

 数年前に緊急雇用事業を利用し、当協会で姫神山砲台を整備しましたが(もっとメジャーな観光地を選ばんかい!という声は一切無視)、夏になって雑草が繁茂し、緒方地区のみなさんが草刈りをするというので、対馬市と協会のスタッフで手伝いに行ったのです。

姫神山砲台(観測所)

 ドラマチックモード。


姫神山砲台(砲座)

 110年以上の時間の経過にもかかわらず、石とレンガで造られた明治の砲台は健在でした。


姫神山砲台(掩蔽部)

 緒方地区では、この姫神山砲台を地域資源として活用すべく、今後、勉強会などを開催する予定です。

 ご旅行、お盆の帰省中に行ってみたい方は、緒方集落から徒歩45分ほど。
 >>対馬要塞・砲台群マップ(姫神山砲台付近)(Googleマップ)


 対馬は古来より国境の島で、常に国防と交流の最前線でした。

 特に幕末から明治にかけては、東アジアの覇権を狙うロシアの南下政策の激烈な圧力にさらされ、全島に砲台が築かれ、要塞化されました。

 その緊張状態が極限に達したのが、明治37年に勃発し、38年に対馬沖でほぼ決着した日露戦争(日本海海戦)なのです!

 書き続けると3時間くらいかかるので省略(殴)

 詳しくは、
 >>「対馬砲台あるき放題〜対馬要塞まるわかりガイドブック〜」の配布について(当協会ブログ)


 さて、「国境の島」対馬には、7世紀には古代山城・金田城(かなたのき)が築かれて防人(さきもり)が配置され、明治時代には対馬要塞が建造されたのですが、現在でも陸・海・空の自衛隊が常駐する国防の最前線でもあります。

MAMOR表紙

 その現代の防人たちが、コンビニでも買える防衛専門誌「MAMOR」(編集協力・防衛省)で特集されていましたのでお知らせします!


MAMOR特集

 特集のテーマは、「国境を死守する千年の防人」。

 陸上自衛隊対馬警備隊が10ページにわたって特集されています。

 タイミングを逃してバックナンバーになってしまいましたが、まだ買えるのでご容赦を(-_-;)

 >>MAMOR(マモル) 2014年8月号(扶桑社)(オンライン書店Fujisan)


 もういっちょ!

 2012年のはじめに、ベストカーという自動車の専門誌の編集長・勝股さんが来島され、取材対応を行ったことがありました。
 猫好き、歴史好き、ということですっかり対馬にはまり、5ページの特集を組んでいただき、読者プレゼント用にツシマヤマネコステッカーを提供しました。

ベストカー3

 そのステッカーがまわりまわって、「雲上のレース」パイクスピーク・ヒルクライムに出場したレーシングマシンに貼られていたそうです。


ベストカー2

 搭載したリチウム電池が長崎の三菱重工製という縁もあり、レースなのに「SAFETY DRIVE TSUSHIMA YAMANEKO」(交通安全)というステッカーを貼ったモンスターマシンが出場することになりましたとさ(^^;)


ベストカー1

 ベストカー8月26日号(7月26日発売)にちょこっと登場しています。

 編集長だった勝股さんは、今回の紙面では会長になってました(^_^;)

 「ワンダーフォーゲル」(山と渓谷社)、「DISCOVER JAPAN」にも対馬がちょこっと登場する予定です。

 また、お知らせします!
対馬砲台群 | 23:56 | - | - |
「対馬砲台あるき放題〜対馬要塞まるわかりガイドブック〜」の配布について
砲台あるき砲台

対馬砲台あるき放題・裏表紙

 対馬観光物産協会では、「対馬砲台あるき放題〜対馬要塞まるわかりガイドブック〜」を作成いたしました。

 幕末からヨーロッパの大国ロシアの圧力にさらされ、明治〜昭和期にかけて建設された対馬要塞(砲台群)の魅力を、A5サイズ、フルカラー32ページで紹介する小冊子です。

全頁ダウンロードも可能です。

>>「対馬砲台あるき放題〜対馬要塞まるわかりガイドブック〜」 PDF形式(3.8MB)

【内容】
表紙 姫神山砲台の28cm榴弾砲砲座跡
P2〜3 まえがき、目次
P4 1.砲台探検のための準備
P5 2.対馬要塞化の経緯
P6 3.対馬全島要塞マップ(全31カ所)
P7 対馬の砲台一覧表
P8〜9 上見坂堡塁(かみざかほうるい)
P10〜12 姫神山(ひめがみやま)砲台・折瀬鼻砲台
P13〜15 城山砲台(城山付属堡塁)
P16〜18 尾崎砲台群(郷山(ごうやま)・多功崎(たこうざき)・樫岳(かしたけ))
P19〜22 その他の砲台(1) (芋崎(いもざき)・大平(おおひら)・大石浦(おおいしうら)・温江(ぬくえ))
P23〜26 その他の砲台(2) (四十八谷(しじゅうやたに)・大山(おやま)・大崎山(おおさきやま)他) 
P27〜28 その他の日露戦争関連地
P29〜30 (番外編)死ぬかと思った砲台!
P31 おまけ こんな思いしました瞬間ショット!!
裏表紙 情報不足のまま砲台探索をするとどうなるか・砲台ガイドとお問い合わせ

【そのほかのパンフレット】

エヌの世界 > プロフィール > テーマ別パンフレット
対馬砲台群 | 20:54 | - | - |
対馬砲台群を歩く・まとめ
 こんにちは、砲台探索がひと段落して真っ白に燃え尽きた感のある観光担当Nです。

 (嘘です)

 さて、ブログの記事はどんどん流れていってしまうので、探索の記録をまとめてみました。


対馬砲台群紹介パンフレット
 >>「対馬砲台あるき放題 〜対馬要塞まるわかりガイドブック〜」


imosaki02.jpg

対馬砲台群の紹介

【対馬要塞の概要】

対馬の代表的な砲台
第1期 芋崎砲台
第2期 城山砲台・姫神山砲台・上見坂堡塁
第3期 豊砲台
おまけ 現代: 海栗島レーダー基地、7世紀: 古代山城・金田城、15世紀末: 清水山城
>>対馬要塞について


DSC08261(折瀬鼻高砲台)_small.jpg

対馬砲台群調査 折瀬鼻(おりせばな)砲台・竹敷水雷艇隊基地

【日時】 2011年2月6日(日)
【内容】 多功崎(たこうざき)砲台・樫岳(かしだけ)砲台・郷山(ごうやま)砲台・飛岳(とびだけ)観測所へのルート・保存状態の確認

【日時】 2011年2月14日(月)
【内容】 竹敷水雷艇隊基地・貯水槽へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群調査 折瀬鼻(おりせばな)砲台・竹敷水雷艇隊基地


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対馬砲台群調査 尾崎三砲台

【日時】 2011年2月21日(月)
【内容】 多功崎(たこうざき)砲台・樫岳(かしだけ)砲台・郷山(ごうやま)砲台・飛岳(とびだけ)観測所へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群を歩く 「多功崎砲台・樫岳砲台・郷山砲台編」


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対馬砲台群調査 西泊(にしどまり)砲台

【日時】 2011年4月29日(火)
【内容】 西泊(にしどまり)砲台へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群を歩く 「西泊砲台編」、トレッキングルート調査 「撃方山編」


DSC00072_small.jpg

対馬砲台群調査 番外編 陸防

【内容】 陸軍境界標石、通称「陸防」について
>>「陸防」マニアと郷山砲台ウォーク


DSC00417_small.jpg

「対馬砲台群 郷山砲台ウォーク」(対馬観光物産協会主催イベント)

【日程】 2011年5月28日(土)
【参加者】 約20人
【内容】 郷山砲台のガイド実践
>>「対馬砲台群〜姫神山砲台ウォーク〜」の実施について




対馬砲台群調査 姫神山(ひめがみやま)砲台

【日時】 2011年8月30日(火)
【内容】 姫神山(ひめがみやま)砲台へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群を歩く  「姫神山(ひめがみやま)砲台編」


砲座跡

対馬砲台群調査 上見坂堡塁(かみざかほうるい)

【日時】 2011年8月30日(火)
【内容】 上見坂堡塁(かみざかほうるい)へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群を歩く  「上見坂堡塁(かみざかほうるい)編」




対馬砲台群調査  大崎山(おおさきやま)砲台

【日時】 2011年8月30日(火)
【内容】 大崎山(おおさきやま)砲台へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群を歩く  「大崎山(おおさきやま)砲台編」


姫神山砲台・砲座

対馬砲台群 ガイド養成 大船越〜姫神山砲台〜万関

【日時】 2011年10月8日(土)
【内容】 対馬を中心とした幕末から明治にかけての日露関係の現地(大船越〜姫神山砲台〜万関)研修
>>中対馬ガイド養成「大船越〜姫神山砲台〜万関」編


砲台の扁額

対馬砲台群調査 芋崎(いもざき)砲台・大平(おおひら)(低)砲台

【日時】 2011年10月11日(火)
【内容】 芋崎(いもざき)砲台・大平(おおひら)(低)砲台へのルート・保存状態の確認
【成果】 昭和17年の高射砲座・石碑の発見
>>対馬砲台群を歩く 「芋崎砲台・大平砲台編」


記念撮影

「対馬砲台群 姫神山砲台ウォーク」(対馬観光物産協会主催イベント)

【日程】 2011年10月29日(土)
【参加者】 約30人
【内容】 ポサドニック号事件〜対馬要塞構築までのガイド実践
>>「対馬砲台群〜姫神山砲台ウォーク〜」の実施について


謎の建物その2

対馬砲台群調査 四十八谷(しじゅうやたに)砲台

【日時】 2011年11月8日(火)
【内容】 砲台へのルート(シーカヤックによる海路ふくむ)・保存状態の確認
【成果】 海軍水雷衛所の発見
>>対馬砲台群を歩く 「四十八谷(しじゅうやたに)砲台編」


砲台探検隊

対馬砲台群調査 竜ノ崎(たつのざき)砲台・豆酘(つつ)砲台

【日時】 2011年11月25日(金)
【内容】 砲台へのルート確認・保存状態の確認、対馬要塞地帯標の確認
>>対馬砲台群を歩く 「竜ノ崎砲台・豆酘砲台編」


大平(高)砲台

対馬砲台群調査 芋崎半島・大平(高)砲台

【日時】 2011年11月26日(土)
【内容】 芋崎半島の探照灯設備の確認、大平(高)砲台へのルート・保存状態の確認
>>対馬砲台群を歩く 「芋崎半島・大平(高)砲台編」


棲息掩蔽部のレンガ積み

対馬砲台群 ガイド養成 城山砲台・城山付属堡塁

【日時】 2011年12月3日(土)
【内容】 砲台までのルート・棲息掩蔽部等の確認
>>対馬砲台群を歩く 「城山砲台・城山付属堡塁編」


動力庫

対馬砲台群調査 対馬北部・昭和期の砲台と万歳峠

【日時】 2011年12月5日(月)
【内容】 棹崎(さおざき)砲台・豊(とよ)砲台・臼崎(うすざき)砲台、万歳峠
【成果】 砲台までのルート・保存状態の確認、対馬要塞地帯標(大正13年7月3日、第2号)の発見、万歳峠までのルート確認
>>対馬砲台群を歩く 「棹崎砲台・豊砲台・臼崎砲台編」


温江砲台1

対馬砲台群調査 豊玉町の三砲台

【日時】 2011年12月8日(木)
【内容】 温江(ぬくえ)砲台、大石浦(おおいしうら)砲台、小松崎(こまつざき)砲台の調査
【成果】 砲台までのルート・保存状態・砲座の確認、石切り場の発見
>>対馬砲台群を歩く 「温江砲台・大石浦砲台・小松崎砲台編」(フィナーレ)


桜マークの謎のビン

対馬砲台群調査 番外編 ガラス瓶

【内容】 砲台周辺で発見された昭和初期のガラス瓶について
>>対馬砲台群 こぼれ話 〜昔のガラス瓶〜


司令所

対馬砲台群調査 尾崎三砲台

【日時】 2012年3月6日(土)
【内容】 尾崎半島の飛岳司令所、多功崎砲台、樫岳砲台、郷山砲台の調査
【成果】 樫岳砲台の司令所・観測所の確認
>>対馬砲台群を歩く・リターンズ〜尾崎三砲台制覇〜


記念写真

「対馬砲台群 尾崎砲台ウォーク」(対馬観光物産協会主催イベント)

【日時】 2012年3月10日(土)
【参加者】約30人
【内容】 対馬砲台群・尾崎砲台のガイド実践
>>対馬砲台群を歩く・リターンズ〜尾崎三砲台制覇〜>
対馬砲台群 | 21:12 | - | - |
2012/3/10(土) 「尾崎砲台ウォーク」について
 こんにちは、事務所にいると電話に、家にいると子どもに襲撃されて仕事がはかどらない観光担当Nが、大阪からお届けします。

 2012年3月10日(土)、今年度最後の砲台イベント「対馬砲台群 尾崎砲台ウォーク」を開催しましたので、報告です。


砲台ウォーク参加者のみなさん

 今回の参加者は小学生から年配の方まで、約30名。

 マニアックで誰からも相手にされなかった対馬要塞ウォーク(いまだに、砲台で人が呼べるのか?と懐疑的な声も多いのですが、無視(殴))も、回を重ねるごとに参加者も増え、定着してきました。

 珍しく天候にも恵まれ、喜びもひとしおです。おかげさまで〜<(_ _)>


石橋

 明治期の砲台には、江戸時代の石工の技術と、欧米から学んだ土木技術がともに活かされています。


石の側溝

 100年たっても崩れていない石の側溝です。雨水による軍道の崩壊を防ぐため、軍道には必ず側溝が整備されています。


陸防

 「む?!なんか陸防のにおいが・・・」

 郷山砲台に向かう途中、砲台担当Sがケモノのような直感で、ちょっと外れた位置にある陸防を発見。

 私(N)が、参加者をほったらかして(殴)陸防を辿り、急斜面を登ると・・・。


飛岳司令所

 なんと、本来はずっと離れた位置にあるはずの飛岳司令所に到着。

 軍道(馬車道)とは別に、兵隊が伝令などの際に使う近道が縦横に張り巡らされているようです。


郷山砲台

 郷山砲台は現在、対馬観光物産協会の事業で整備中です。

 廃棄自動車も撤去され、だいぶ明るい雰囲気になりました。


無線所の景観

 郷山砲台の先にある無線所跡。

 浅茅湾の北岸や朝鮮半島方面の水平線を一望できる展望所です。絶景!


砲台ガイド

 今回のガイドは小松津代志さん。

 「Nくん、地図の砲台の位置に石ころを置いて」(小松さん)

 「えー、城山に2つ、尾崎に4つ、芋崎、大平に2つ、姫神山、折瀬・・・」(N)

 「大山も、温江も、大石浦も!」(S)

 「砲台ばっかりやん!!」(参加者)


砲台巡礼

 砲台の聖地、尾崎の斜面を巡礼する参加者のみなさん(殴)


観測所

 多功崎の司令所を見学した後、小松さんが、

 「Nくん、この先に軍道が続いているみたいだから、見てきて」


多功崎砲台の観測所

 行ってみると、なんと・・・観測所やないかーい!!(新発見!)

 しかも、かなりよい状態です。

 郷山の観測所は以前から確認していましたが、樫岳は前回の下見で、多功崎は今回確認できました。

 尾崎の三砲台(郷山、樫岳、多功崎)にはそれぞれ観測所があり、飛岳の観測所と連携していたようです。


記念写真

 こうして、新発見もあり、イベントも無事終了。

 参加者のみなさま、スタッフのみなさん、ありがとうございました。


 幕末から明治にかけての対馬の歴史(日本、ロシア、イギリスなどの歴史とも複雑に絡み合います)を体感できる対馬砲台群・砲台ウォークを楽しんでみませんか?

 対馬要塞を知らずして、明治を語るのはモグリですよ〜。

 「坂の上の雲」ではあまり描かれなかったけどね〜(殴)

対馬砲台群 | 00:15 | - | - |
対馬砲台群を歩く・リターンズ〜尾崎三砲台制覇〜
 こんにちは、今日からまたまた大阪に出張している観光担当Nです。

(ちなみに明日は長男の卒園式で、父親ポイント大幅マイナスです(-_-;))


 3月6日(火)、砲台ウォークイベントの下見のため、美津島町尾崎の三砲台+αの現地下見を実施しましたので、ごく一部のマニア(全国で5人くらい)から熱烈な支持をうけている幻の企画「対馬砲台群を歩く」の続編をお届けします。

 ちなみに美津島町の尾崎半島は、明治期の砲台が3つ、昭和期の砲台が1つある砲台の聖地(殴)です。


砲台部員S

 ひさびさに登場。砲台三叉路をさまよう砲台担当S。


飛岳司令所

 飛岳にある立派な司令所。

 実は、尾崎の三砲台が完成したのは、日露戦争が終わってしまった後の明治38年9月。

 お偉いさんのためにこんな物を造る暇があったら、完成を急げばよかったのに(殴)。


飛岳観測所

 観測所には、ツシマジカが食べないシロダモが茂っていました。

 着工前。


作業中

 作業中。


工事完了

 工事終了。綺麗になりました。


陸防

 砲台の聖地らしく、陸防もよりどりみどり。

 「陸防の玉手箱やーん!」


多功崎砲台

 砲台三叉路の真ん中を進むと、多功崎砲台です。

 国土地理院の地図を見ると、海に降る怪しい道が続いています。

 「これは怪しいな・・・」

 「うむ・・・軍道くさい・・・」


陸防

 やっぱり軍道。「陸軍省用地」と彫ってある珍しい陸防を発見。


石の護岸

 海辺には、巨大な門柱、石造りの護岸、さらには橋まで。

 新発見でテンションが上がります。


巨大な門柱

 門柱も、身長的には決してS(サイズ)ではない砲台担当Sと比較してもこの大きさ。


謎の建造物

 海岸には、石造りの謎の建物の跡と「逓信省」の石柱が・・・。

 地元の方は「通信所」と呼んでいたそうです。海底ケーブルなどの軍事通信施設でもあったのでしょうか。


斜面を這う

 「三叉路まで戻るのもしんどいなー」

 「尾根を歩いてみようか、地図に道はないけど」


観測所

 道なき道の急斜面を這い上がると、尾崎半島東側の樫岳砲台の観測所を発見!

 「すげー!観測所や!!」(N)

 「ふはー!ふほー!」(まだ斜面を這っているS)


司令所への階段

 さらに!かなり高く長い階段が!

 こんな物造ってる暇があったら、完成を急げばよかったのに!!(殴)


司令所

「うおー!司令所まであるやん!!新発見かもー!!!」


樫岳砲台の砲座

 新発見かも、とドキドキしながら砲台の専門家・小松さんに電話してみると

「うん、あるよ。砲座の先の荒れた道の奥やろ」

(がーん!!)


イノシシのアスカ

 一気にテンションが下がり、とぼとぼと郷山砲台を目指していると、道路上でイノシシと遭遇。

 今年は特に多いようです。


郷山砲台

 整備中の郷山砲台です。 今回は三砲台+飛岳司令所で約12キロの行程でした。

 この日に樫岳の観測所を発見し、あとは多功崎砲台の観測所だけだなあ、と思っていたら、なんと3/10(土)のイベント当日に見つけてしまうことになったのでした。
対馬砲台群 | 00:01 | - | - |
「対馬砲台群〜城山砲台ウォーク〜」について
 こんにちは、NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」を毎週日曜に2回(BSプレミアム18:00〜19:30、NHK総合19:30〜21:00)観ている観光担当Nです。

 (家族には、なぜ2回も?と不評ですが)

 

 さて、2011年12月17日(土)、今年最後のイベント「対馬砲台群〜城山(じょうやま)砲台ウォーク〜」を実施しました。

 参加者は小学生6人をふくむ計30人+ガイド受講生+事務局で、総勢40人。

 今回は、7世紀の古代山城・金田城(国指定特別史跡)と明治期の砲台が共存する美津島町・城山を歩き、通常はなかなか行かない城山付属砲台まで足を延ばしてみました。


【城山】

 じょうやま。対馬市美津島町黒瀬。標高272.8m。

 山頂から北西方向に浅茅湾が口を開いており、気象条件に恵まれれば朝鮮半島を望むことができる。古代から軍事上の要衝であり、山頂部を取り囲むように約2.9kmの石塁(城壁)が残されており、天然の断崖絶壁を含めた城壁の延長は約5.4km。


 「日本書紀」に、天智天皇6年(667年)対馬に金田城を築く、との記述があり、白村江(はくそんこう、はくすきのえ)の敗戦の後、唐・新羅による侵略に備えるために国防の最前線・対馬に築かれた古代山城のひとつで、昭和57年に国の特別史跡に指定。


 明治期、ロシアとの決戦(日露戦争)に備え、城山北部山頂に城山砲台が、南へ1kmの南部山頂に城山付属砲台(堡塁)が築かれる。


城山登山口

 今回は美津島地域活性化センターに集合後、県道24号線を美津島町箕形(みかた)へ。

 城山登山口までの管理道はマイクロバス以下しか通らないので、登山口まで乗用車で移動し、準備運動です。


軍道の様子

 明治期に工兵が作った軍道を歩きます。

 軍道開削の苦労については、前回の記事をご覧ください。


城山トレッキングの様子

 幅3mの軍道は歩きやすいのですが、端が断崖になっている場所もあるので、お子さん連れの場合は走らないように気をつけてあげてください。

 「走っていい?」

 「ダメ!」


石塁

 古代山城の城壁です。1300年を超える時間の洗礼を受けても、まだ往時の姿を残しています。


弾薬庫

 山頂の軍施設手前に、石が積まれた馬車用?のヘアピンカーブがあり、そこから南に1.2km進むと付属砲台です。

 地元の方でもなかなか行かないコースです。

 「城山は何回も登ったけど、気がつかんやったねー」


付属砲台にて

 付属砲台の砲座にて。9cm臼砲なので小さいです。


【城山付属砲台(堡塁)】

 起工:明治33年4月、竣工:明治34年11月、9cm臼砲4門


付属砲台からの眺望

 眼前に視界が開け、絶景です。

 風が冷たかったのですが、ここでお食事にしました。


28cm榴弾砲砲座

 NHKの「坂の上の雲」(旅順要塞攻略戦・203高地の激戦)にも登場した巨砲・28cm榴弾砲が4門設置されていました。

 「ここに28cm榴弾砲が4門ありました! 217kgの砲弾を7,800mも飛ばすことができたんです!」(熱い説明)

 「へえー!」(男性。意外と食いつきます)

 「ふーん」(女性。冷めた反応)


【城山砲台】

 起工:明治33年4月、竣工:明治34年11月、28cm榴弾砲4門


城山砲台

 冬は空気が澄み、韓国が見えやすくなります。

 「うーん、水平線の上に見える山影が、そうかなあ・・・」


帰路

 こうして、城山砲台ウォークは無事終了したのでした。

 歩行距離は、7.6km(城山コース5.2km+付属砲台・追加コース2.4km)に及びました。


 城山は、通常の山頂コースのほか、砲台コース(今回の要塞探検コース)、城戸めぐりコース(歴史愛好者向け)、それらを接続したロングコースなど、切り口が異なる何パターンものトレッキングを楽しむことができます。


 来年10月には対馬で古代山城サミットが開催される予定で、ガイダンスの向上など、さらに城山を楽しんでいただけるよう取り組んでいきます。

 参加された皆様、スタッフの皆さん、お疲れ様でした。

 ありがとうございました。
対馬砲台群 | 17:04 | - | - |
対馬砲台群 こぼれ話 〜昔のガラス瓶〜
 こんにちは、3日間砲台に行かないと手が震えてしまう観光担当Nです。

(信じないように)


 最近facebook(フェイスブック)を始めましたが、使い方がさっぱりわかりません。

 とりあえずプロフィールのページを見てみましたが、興味のあるジャンルで、「トレッキング」いいね!約2300人、「神社」いいね!約2000人に対し、「砲台」いいね!は5人・・・。

 5人・・・って(-_-;)


 「姫神山砲台の右翼観測所、なう」とかやってみたかったのですが、よく考えたらスマホを持ってないし、砲台跡は圏外が多く(勝手に韓国経由の国際電話になることも)、リアルタイムの情報発信は無理でした・・・(-_-;)



 さて、どうでもよい長い前置きは置いといて(-_-)//


 今回は砲台跡でよく見かけるガラス瓶のお話です。

 砲台跡は、基本的に薄気味悪くて一般人があまり近づかないので(殴)、数十年前のガラス瓶などがよい状態で残されています。

 金属の容器(缶詰とか)はすぐに錆びて朽ちてしまいますが、ガラスは破損さえしなければ100年経っても大丈夫。


ビン3本

 洗浄すればピカピカになります。


三○詰

 三○詰。 ○の偏は「立」、つくりは「分」。何と読むでしょう。

 さんぶんづめ?さんりつづめ?

 実は、○=デシリットルだそうです。


桜麦酒株式会社

「社會式株酒麥櫻」 右から左に読むと、「桜麦酒(ビール)株式会社」

 福岡で設立された会社で、旧帝国ビール。

 1939(昭和14年)-1943(昭和18年)にかけて、櫻ビールを製造していたようです。


ロゴ桜

 桜のロゴがかわいいです。


大日本麦酒

 こちらは、「社會式株酒麥本日大」=「大日本麦酒(ビール)株式会社」

 1906(明治39年)-1949(昭和24年)にかけて市場の70%を占めた巨大メーカーで、戦後、サッポロビールとアサヒビールに分割されたそうです。


謎のロゴ

「山B」? ロゴはよくわかりません・・・。


ビン底

 なんと、ビンの底には星マークが! 9・6は、昭和9年6月(製造)?


KYUSEI CITRON

 こちらは、砲台探索の帰り道に見つけたビンです。

 上記の「大日本麦酒株式会社」のビンと同じですが、かすれたラベルには「KYUSEI CITRON」の文字。

 同社の「RIBON CITRON」(リボン シトロン)は1909年に発売され、現在でもサッポロ飲料が販売しているロングセラーですが、KYUSEI CITRONという姉妹品があったんでしょうね。

 ネットでもまったく情報がなく、詳細は不明。


靴墨?

「日靴塗聯」

 靴墨でしょうか。


桜マークの謎のビン

 桜のマークが印象的な謎のガラス瓶。



 いずれも明治期の砲台ですが、昭和初期のガラス瓶ばかりなのが不思議です。

 謎は深まります・・・。



 おすすめの砲台は、明治期の姫神山砲台城山砲台など。

 ちょっと遠いですが昭和期の豊砲台はレンタカー・タクシーであれば砲台入口前に駐車できます。

対馬砲台群 | 01:20 | - | - |

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