エヌの世界ブログ

2020年6月までは(一社)対馬観光物産協会の観光担当/事務局長Nとして、7月からはサイトリニューアルによりエヌ(個人)としてブログを書いています。
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新元号「令和」と対馬について
 こんにちは、ここ数日、毎日ブログを書いている局長Nです。

 仕事中にはブログは書かない、という妙なこだわりのため、毎回夜中に書くのですが、連発すると寝る時間がなくなります(_ _)zZZ

 こうなったら、仕事中に(バレないように)寝るしかないな。(本末転倒ーっ!)


 さて、新元号「令和」との関連でにわかに注目を集めている古典「万葉集」と、対馬についてですが・・・

 新元号の出典は、太宰府の長官・大伴旅人(おおともの・たびと)の邸宅で開催された「梅花の宴」で詠まれた歌の序文とのこと。

 じつは旅人はこの太宰府赴任時、当時中央の有力者であった藤原房前(ふじわらの・ふささき)に、対馬の結石山の梧桐(アオギリ)で作った琴を送っています。

 翌年には旅人は中央に戻って(出世して)いるため、この琴には何らかの政治的なメッセージが込められていたようです。


 数年前から対馬市民有志によって、この琴を再現するプロジェクトが進行しており、昨年末には3面が完成し、2月には厳原町でコンサートが開催されました。

 >>万葉集ゆかりの琴を再現 対馬産アオギリ使い(長崎新聞)


 さらに昨年10月20日には、万葉文化交流祭が開催されています。

 >>対馬の万葉歌と万葉カレンダーについて(当協会ブログ2018.12.20 Thursday)




 そもそも万葉集(まんようしゅう)は、天皇・貴族から庶民・防人までさまざまな人々が詠んだ4500首以上の歌を集めた日本最古の和歌集です。

 全20巻のうち、巻20の防人(さきもり)の歌(巻13、14にも含まれる)、巻16の志賀荒雄(しかのあらお)の死を悼む歌、巻15の遣新羅使(けんしらぎし)の歌が対馬と深いかかわりをもっています。



 エヌの世界 > 歴史観光 > 古代山城 金田城と防人〜対馬・万葉の旅その1〜

 エヌの世界 > 歴史観光 > 悲劇の遣新羅使〜対馬・万葉の旅その2〜

 エヌの世界 > トレッキング > 防人が守った古代山城・金田城(城山)

 エヌの世界 > トレッキング > 万葉の峰 有明山


 平成最後の記念として、あるいは新元号最初の記念として、歴史と文化が薫る対馬の地を歩いてみませんか?

対馬の歴史 | 01:58 | - | - |
対馬の万葉歌と万葉カレンダーについて
 こんにちは、職場の忘年会で「中二病」と認定された局長Nです。
 (いまっ?!)


 さて、皆様は 万葉画家・鈴木 靖将(すずき やすまさ)さん をご存知でしょうか?

 日本各地はもちろん、韓国やドイツ、フランス・パリのユネスコ本部やアメリカ・ニューヨークの国連本部でも個展を開催されている万葉画の大家で、日本文化の伝道者でもあります。

 >>鈴木靖将さん(COREZO賞)


 鈴木さんは滋賀県大津市出身・在住なので、対馬との歴史的な縁もあり、1999年に厳原公民館で個展を開催され、その後、何度も来島されています。

 (まあ、要は、気に入られた、ということですね(^^;))


歴史的な縁・・・663年白村江の戦い(敗戦)の後、日本側の当事者である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)は、唐・新羅の侵略に備えるため、国防の最前線となった対馬に国境守備兵・防人(さきもり)を配置(664年)し、古代山城・金田城の築城(667年)を命じ、飛鳥から大津に遷都(667年)しました。
翌年668年には天智天皇として即位し、防人の歌が万葉集に残されています。


交流センター「防人の島」

 鈴木先生の絵画は、対馬市交流センター3F( 地図 )に展示されており、


丸屋ホテル・襖絵

 「丸屋ホテル」( 地図 )には関係者との食事会の際に描かれた襖絵があり、


古代山城・金田城

 昨年夏に鈴木先生を金田城にご案内した際には・・・


サイン色紙

 似顔絵入りの色紙をいただきました。(ヒゲッ!?)


作品展

 今年10月20日には、対馬市交流センターで、鈴木先生の作品展、金田城の記念講演、万葉の歌会も開催され、


大津市長

 大津市長 越直美さんもご来島されました。


 作品展見逃したっ!!という方は、

対馬 万葉暦1

2019年 万葉暦 対馬の万葉(カレンダー)

はいかがでしょうか!!

対馬 万葉暦2

 防人(さきもり)や遣新羅使など対馬を題材とする万葉歌と、鈴木先生の素敵な万葉画のコラボです。

 国境の島・対馬は、万葉の時代にも、国防(防人)と外交(遣新羅使)の最前線だったのです。
対馬の歴史 | 13:23 | - | - |
三具足(みつぐそく)の謎と万松院(ばんしょういん)まつりについて
 こんにちは、告知ブログの書き過ぎで手足の震えが止まらない局長Nです(嘘ですよっ)

 さて、9月8〜9日に、国内旅程管理者(いわゆる添乗員)の現地研修で、栃木県の日光東照宮と大谷資料館に行きました。


日光東照宮

 日光東照宮は、お江戸をつくった天下人・徳川家康公を祭神(東照大権現)として創建され、三代・家光公により整備された神社です。

 実は東照宮には、対馬・宗家の菩提寺・万松院にある三具足(燭台、香炉、花瓶の三点がセットになった仏具。朝鮮国王から贈られたもの)と同じものがあると聞き、以前から気になっておりました。

対馬の三具足

(万松院の三具足)


 んで!

 東照宮の最高所、かつては将軍しか参拝を許されなかった家康公の御宝塔(墓所)に登ってみると・・・


東照宮の三具足

(東照宮の三具足)

 ありました(汗)


東照宮の説明板

 これは、1643年、第5回目の朝鮮通信使(目的は家綱誕生祝賀、日光東照宮落成祝賀)により奉納されたものらしいのですが、説明板には朝鮮国王から贈られたという記述はありませんでした。

 さらに調べると、1812年(第12回目=最後の通信使が対馬に来島した翌年)の火災で東照宮の三具足は焼失し、日本で造り直した、とのこと。

 >>中世宗家文書の世界(九州国立博物館)


 この火災では、東照宮のシンボル・陽明門の後水尾天皇の勅額なども燃えてしまい、筆跡を探すなど大変な騒ぎになったようですが、三具足を造りなおす際にも、万松院のものがモデルになったのかもしれません。


 対馬の万松院にはもともと三具足が3つ(3セット)あったらしいのですが、先の大戦の金属供出で2つが失われ、一番小さかった1つのみが残されています。

 ということは?

 朝鮮国王から贈られたオリジナルの三具足は、万松院のものだけということになるのでしょうか?

 万松院を訪問する際には、そのあたりも想像しながら三具足を見ていただくと、より楽しめると思います。


徳川将軍家の大位牌

 ちなみに万松院には、対馬の東照宮で祭られていた徳川将軍家の金箔の大位牌も安置されています。

 幕府を揺るがした一大外交スキャンダル「柳川一件」が解決したのち、徳川三代将軍・家光公より東照宮の建立を許され、2代秀忠公〜13代家定公の位牌が公開されていますが、家康公の肖像画は非公開。

 >>柳川一件(Wikipedia)

 戦国の世が終わっても、対馬の激動の時代は続いていたのです。



 さて、そんな万松院で、年に1度の「万松院まつり」が開催されます!

万松院まつり

 約350基の石灯篭に火が灯された幻想的な雰囲気のなか、夜の万松院に参拝できるのはこの日だけ。

 山門前で提灯を受け取り、参拝を終えると「ぜんざい」が振舞われます。


日時: 2018年10月6日(土) 灯篭点灯17:30〜
場所: 万松院 (長崎県対馬市厳原町西里192) >>Googleマップ
主催: 万松院史跡保存会 TEL 0920-52-0984
協賛: 一般社団法人 対馬観光物産協会 厳原部会 TEL 0920-52-1566

※当日は万松院への車の乗り入れはできません。対馬市役所の駐車場などをご利用ください。
※ぜんざいは数に限りがあります。

対馬の歴史 | 15:10 | - | - |
「清水山城〜国境の島・対馬の時代の転換点〜」パンフレットについて
 こんにちは、局長Nです。

 昨年秋から年明けにかけて、対馬の楽しみ方を身につけることを目的に、「対馬楽講座〜歴史編〜」を開催しました。

 なかでも、戦国末期に豊臣秀吉が対馬に築かせた「清水山城(しみずやまじょう)」(国史跡)は、「観光情報館ふれあい処つしま」(職場です)から徒歩でアクセスでき、重厚な歴史と雄大な景観を楽しめる優れた観光素材なのですが、観光客向けのパンフレットがなく、有効活用されていませんでした。

清水山

清水山城2


 で!

 1月の講座の内容を参考に、バタバタと作りました!(例によって年度末に)


清水山城パンフ01


 今年4月6日(し・ろ=城の日)に続日本100名城のスタンプラリーが始まり、古代山城・金田城(国指定特別史跡)のお問い合わせが増えていますが、対馬の歴史の転換点に築かれたもうひとつの名城・清水山城もぜひ訪問していただきたいです。

 >>続日本100名城スタンプラリー(4月6日開始)について(当協会ブログ2018.04.03 Tuesday)


清水山城パンフ02


 最寄りの三の丸までなら昼休みに往復できるくらいですが、どうせなら、城の縄張図(パンフレット裏面)を見ながら、山頂(一の丸)まで歩いてみてください。

 「城」の構造や背景を知ると、ただ歩くよりも10倍くらい楽しいと思います!


 >>「清水山城〜国境の島・対馬の時代の転換点〜」パンフレット(PDF形式2.5MB)

↑ダウンロードはこちらから!!
対馬の歴史 | 16:36 | - | - |
歴史あふれる日々
 こんにちは、対馬の観光資源調査が大好きな局長Nです。

 これまで、登山・歴史・砲台・神社など、自然・歴史を問わずマニアックな現地踏査を行って情報発信をしてきましたが、「朝鮮通信使に関する記録」が「世界の記憶」(ユネスコ・記憶遺産)に登録されるなど、近年は対馬の歴史が注目を集めています。

 >>「朝鮮通信使に関する記録」の「世界の記憶」登録について(当協会ブログ2017/10/28)


 この10〜11月は、特に歴史関係の業務の密度が高かったので、ご報告です。
 

神社・仏像関係

10/19(木) 神社講座「対馬の神社めぐりを楽しもう〜九州最多の式内社群を中心に〜」

 対馬市(観光交流商工部)主催の「対馬の歴史と自然講座」で、神社に関する講座を行いました。

 新ネタだったので、ちょっと時間が余ってしまいました(^^;)

 対馬楽講座初回、12/5(火)にも神社の講座を開催します。

 >>「対馬楽講座&対馬検定」の実施について(当協会ブログ2017/10/24)



10/20(金)〜10/23(月) 「対馬の美術・仏像めぐりの旅」

 対馬の登山ツアーや、ザ・ノースフェイスのイベントでお世話になっている「アルパインツアーサービス株式会社」(福岡営業所)の仏像ツアーに同行しました。

 仏像のプロである大澤さん(島おこし協働隊)も初見という仏像もあり、楽しい3日間(実際は飛行機欠航により4日間)でした。

仏像ツアー

 万松院にて、講師の菊竹先生(中央左)、菊竹先生ファンの大澤さん(中央右)、登山のプロフェッショナル渡部さん(撮影者)(^^;)


山城関係

清水山城(本丸)

 最近、トレッキングの爽快感と、歴史・絶景を同時に楽しめる「山城トレッキング」が注目を集めています。

 厳原港から徒歩でアクセス可能な「清水山城跡」は、総石垣の素晴らしい遺構で、国の史跡に指定されています。

 「対馬楽講座」第6回(1/16)では、「朝鮮出兵と清水山城」と題し、城郭ライター・編集者の萩原さちこさんにその魅力を語っていただきます!

 >>「対馬楽講座・歴史編」とソワソワの日々について(当協会ブログ2017/08/29)


撃方山01

 10/26(木)、清水山城と同時期に築かれた撃方山城(上対馬町大浦)のルート・遺構を(数年ぶりに)確認してきました。

撃方山02

 縄張図通りの石積みと土塁は確認できましたが、案内板など一切なく、道も迷いやすく、文化財あるいは観光地として利用するにはまだまだ整備が必要だと感じました。



アンゴルモア 〜元寇合戦記〜



 ※画像をクリックすると、映像が再生されます。

 そして来年アニメ化予定で、大きな波(神風)が来そうなアンゴルモア関係。


11/5(日) アンゴルモア〜元寇合戦記〜と金田城

 アンゴルモア講座を開催し、作品中の決戦の地・金田城に船で上陸しましたよ。


11/12(日) 小茂田浜神社大祭

 1274年、佐須浦に押し寄せた元・高麗の大軍に立ち向かい、激戦の果てに全滅した対馬守護代(初代島主)・宗 助国(そう すけくに)とその将士をまつる慰霊祭が、助国公を祭神とする小茂田浜神社で執り行われます。



Ghost of Tsushima

 そして、同じく対馬の元寇をテーマとするPS4のゲーム「Ghost of Tsushima」(仮称)の情報が公開されました!



 ※画像をクリックすると、映像が再生されます。



 対馬の歴史は、この国の外交史そのものです。

 この国がどうやって誕生し、外国との交流と攻防を繰り返しながらどう成長してきたのか、

 それを学ぶ最適の地が、国境の島・対馬なのです!


おまけ

元軍のカブト

 対馬高校の玄関に3つも置いてある元軍のカブト(汗)



 えー、ちなみに次回のブログのタイトルは、「自然あふれる日々」の予定です(殴)
対馬の歴史 | 22:00 | - | - |
「朝鮮通信使に関する記録」の「世界の記憶」登録について
 こんにちは、局長Nです。

 「朝鮮通信使」がNHKなど全国放送で取り上げられていますね〜。

 いや、「世界の記憶」の正式発表があったら記事を公開しようと思っていたのですが、報道が早いのでもう公開します(^^;)


 さて、日本で世界遺産といえば屋久島(自然遺産)や姫路城(文化遺産)などがあり、また無形文化遺産には「和食」などの伝統文化・習慣が選定されていますが、「世界の記憶」はちょっと耳慣れない言葉です。

 「世界記憶遺産」とも呼称され、価値ある歴史的記録物(古文書など)を保存・公開することを目的としたユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の事業なのですが、以下、今回の経緯や内容をできるだけわかりやすく書いてみます。


 今回申請されているのは、

 「朝鮮通信使に関する記録」

 発端は、2012年5月5日に「朝鮮通信使ゆかりのまち全国交流会釜山大会」が開催された際、財団法人 釜山文化財団(以下、釜山文化財団)から、ユネスコの記憶遺産への日韓共同登録推進が提案されたこと。

 同年より対馬市や釜山市でユネスコ共同登録への講演会・シンポジウムなどが開催され、日韓政府レベルでの共同申請を模索しますが、日韓関係の悪化(2012年8月の李明博(イ・ミョンバク)大統領による竹島上陸など)もあり、NPO法人 朝鮮通信使縁地連絡協議会(以下、縁地連と略)と釜山文化財団を主体とした民間中心の共同申請を目指すことになります。

 ちなみに縁地連は、江戸時代に朝鮮通信使が往来した九州〜関東の19の関連自治体(対馬市、日光市、京都市など)や、朝鮮通信使行列振興会などの70の民間団体、約100名の個人で構成されています。

 詳しくは、>>NPO法人 朝鮮通信使縁地連絡協議会


申請書調印式

 その後、関連自治体での組織の設立・協議・申請資料の検討などが重ねられ、2016年1月29日、対馬市で「朝鮮通信使ユネスコ世界記憶遺産日韓共同申請書調印式」が開催されました。

 同年3月30日にユネスコに申請書が提出され、1年半を経て、国際諮問委員会による審査の結果がまもなく発表される、ということになります。

※追記 2017/10/31、正式に発表されました!


 申請案件名は、

 「朝鮮通信使に関する記録 ‐ 17世紀〜19世紀の日韓間の平和構築と文化交流の歴史」

 申請者は、NPO法人 朝鮮通信使縁地連絡協議会 と 財団法人 釜山文化財団


 内容は、1607年から1811年の間に12回、朝鮮国から日本国に派遣された外交使節団に関するもので、

1.外交記録・・・朝鮮国王から徳川将軍への国書(対馬藩により改ざんされたものも含まれる)など、

2.旅程の記録・・・通信使に関する各藩の記録、通信使を描いた絵巻など、

3.文化交流の記録・・・通信使の詩書など、

 で、日本・韓国双方の資料が対象となっています。


 日本側の資料総数は48件209点(うち、外交記録3件19点、旅程27件69点、文化交流18件121点)、

 韓国側は総数63件124点(外交2件32点、旅程38件67点、文化23件25点)です。


 時代背景としては、

■ 文禄慶長の役(豊臣秀吉の朝鮮出兵)により日朝関係が致命的に悪化。

■ 新たに天下人となった徳川家康、農地が少なく交易が命綱の対馬、北方の女真族の脅威にさらされる朝鮮など、それぞれの事情により和平を模索。

■ 初代対馬藩主・宗 義智(そう よしとし)による外交交渉が始まるが、家康から先に国書を出す(謝罪を意味する)という難題に直面し、宗家による「国書偽造」が行われる。

■ 朝鮮から江戸幕府へ「回答兼刷還使」が派遣される。目的は、国書による回答(謝罪要求)、文禄慶長の役の捕虜の送還など。

■ 二代藩主・宗 義成の時代に、柳川一件(対馬藩家老による国書偽造の暴露、いまで言う内部告発)が発生し、徳川家光(三代将軍)直々の裁判により、宗家は安堵される。

■ 戦後処理が一段落し、回答兼刷還使が「通信使」となり、徳川将軍の襲名や世継ぎ誕生のお祝いを名目に派遣されるようになる。

■ 江戸元禄時代、倭館(釜山の龍頭山周辺にあった対馬藩の出先機関で、面積は10万坪)を拠点とする朝鮮貿易により対馬藩は空前の賑わいをみせ、城下町整備や有能な儒学者の起用など政治・経済・外交など様々な面で爛熟期を迎える。

■ 通信使の来日は数十年に一度であり、幕府は政権の権威付け、朝鮮は日本の内情視察、対馬は外交能力の誇示などさまざまな利害が合致したこともあり、その盛大なパレードは庶民から文人まで熱狂的に歓迎され、文化交流も行われる。

■ やがて、莫大な経費を必要とする通信使の派遣は日朝両国の負担となり、12回目の通信使派遣の際は対馬で国書が交換され、以降、通信使の派遣は途絶える。



 朝鮮通信使が往来した200年間、日朝両国間で戦争は起きませんでした。


 申請書ではその意義を、

「朝鮮通信使に関する記録は、外交記録、旅程の記録、文化交流の記録からなる総合資産であり、朝鮮通信使が往来する両国の人々の憎しみや誤解を解き、相互理解を深め、外交のみならず学術、芸術、産業、文化などさまざまな分野において活発に交流がなされた成果である」

「この記録には悲惨な戦争を経験した両国が平和な時代を構築し、これを維持していくための方法と知恵が凝縮されており、「誠信交隣」を共通の交流理念として、対等な立場で相手を尊重する異民族間の交流を具現化したものである。その結果、両国はもとより東アジア地域にも政治的な安定をもたらしたとともに、交易ルートも長期間、安定的に確保することができた」

 としています。


 残念なことに、「朝鮮国信使絵巻」などを保管する長崎県立対馬歴史民俗資料館は、新博物館建設のためこの4月より閉館しており、2020年(予定)の開館を待つ状況です。

 対馬市では次年度から説明板などの整備を行う予定であり、当協会としては「朝鮮通信使に関する記録」や日本遺産などをテーマとする観光案内・ガイドの充実を図っていきます。


 厳原港周辺だけでも、

清水山城
 清水山城(しみずやまじょう)
 文禄慶長の役に際して築かれた戦国末期の山城。良好な石積み遺構が見られ、国の史跡に指定。

万松院
 万松院(ばんしょういん)
 初代対馬藩主・宗 義智のために、子の義成が建立した宗家の菩提寺。国史跡。

金石城
 金石城跡(かねいしじょうあと)
 清水山のふもと、万松院に隣接する宗家の城跡。国史跡。

金石城庭園
 旧金石城庭園(きゅうかねいしじょうていえん)
 金石城・万松院に隣接する宗家の庭園。国名勝。

お船江
 お船江(ふなえ)
 江戸時代の藩の船着場。県指定史跡。

 などなど、朝鮮通信使関連の史跡は枚挙にいとまがありません。


 古代から近現代まで、国境の島・対馬には外国との交流と緊張に満ちた濃密な時間が流れており、「朝鮮通信使に関する記録」もその一部です。

 驚きに満ちた、時間を超える知の旅へ、でかけてみませんか?



 あ、対馬の歴史に興味がある、ちょっと勉強してみたいという方向けに、歴史講座やります!
 
 >>「対馬楽講座&対馬検定」の実施について(当協会ブログ2017.10.24)
対馬の歴史 | 06:32 | - | - |
対馬に関する歴史マンガのご紹介
 こんにちは、局長Nです。

 イベントコンボが続く日々、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 明日11/3(木)は、 城下町ライトアップ事業 の告知のため、長崎のチンドン屋「かわち家」さんといっしょに島内のスーパーなどに出没する予定です。


 さて、観光協会の仕事のひとつに、写真の提供、というものがあります。

 1年を通して、島内外の企業や団体から、「雑誌や資料などに使いたいので、○○の写真がないか」という問い合わせがかなりあります。

 写真を送ってしばらくすると、お礼状と印刷物が届きます。

 今回、集英社の歴史マンガと、別冊宝島の海賊・水軍の本が届きましたので、お知らせします。



集英社版学習マンガ 日本の歴史第9巻 江戸幕府を開く 江戸時代1

日本の歴史・表紙

 どーん!!

 カバーイラストは キングダムの原 泰久先生ですね。(マンガ本体は柴田竜介さん)

 ちなみに原先生は、対馬藩の飛び地があった佐賀県三養基郡基山町出身で、同町のふるさと大使だそうです。


対馬藩

 偶然でしょうが、基山が対馬藩の飛び地であったことも同マンガで説明されています。


宗義智公

 我らが宗 義智(そう よしとし)公も登場。

 例によって、徳川家康と朝鮮国王の板ばさみで悩むシーン。



 義智公といえば、

宗義智(マンガ3)

 (秀吉だまして激怒)


宗義智(マンガ5)

 (家康もだまして激怒)

 >>マンガ対馬の歴史偉人伝1 初代対馬藩主 宗義智(梓書院)



 が有名ですが、今回の歴史学習マンガでは、さすがにそんなシーンはないはず。













家光も激怒


 あったーー!!!(-_-;)

 二代藩主・宗 義成が、徳川三代将軍・家光に怒られてるーーっ!!!!





 さて、2冊目は

別冊宝島2514 日本の海賊・水軍の謎


海賊・水軍の謎、表紙

 なんとも渋かっこいいテーマですが、


浅茅湾・鋸割岩

 目次の左側に対馬の浅茅湾・鋸割岩(あそうわん・のこわきいわ)がっ!!

 複雑な地形のリアス式海岸・浅茅湾は、中世には倭寇(海賊・海商集団)の拠点のひとつだったのです。


對馬と朝鮮半島


 刀伊の入寇(女真族の対馬襲撃)、応永の外寇(朝鮮水軍による対馬襲撃)、三浦の乱(朝鮮半島在留の日本人による反乱事件)など、あまり知られていない事件も紹介されています。


 対馬の歴史は、日本の外交史そのものです。

 マンガやビジュアル誌でわかりやすく取り上げられ、その魅力が広く知られると嬉しく思います。
対馬の歴史 | 01:38 | - | - |
対馬の宗 義智(そうよしとし)推しがすごい件
 こんにちは、職場である「観光情報館ふれあい処つしま」に住んでいるとウワサされている局長Nです。
 (そのうち半分くらいは白目をむいて夢の国に住んでいるのでは?と言われてますけどね)ヤマネコン


 さて、突然ですが、みなさまの一番好きな戦国武将は誰でしょう?


 信長? 秀吉?

 家康? 信玄?

 謙信? 清正?

 如水? 政宗?

 真田一族?



 いやいや、群雄割拠の時代、英雄たちがキラ星のごとくひしめいていますが、対馬島民のイチオシはこの人しかいません!!




宗義智(墨絵)

どーん!!


(誰や!!)


 対馬島民が愛してやまない、

初代対馬藩主・宗 義智(そう よしとし)公 です!

 
 どれくらい偏執的に好きかというと

宗義智(劇団)

 対馬市民劇団・漁火(いさりび)の「対馬物語」(脚本はジェームス三木さん)の主人公は、

宗 義智 と妻マリアです。

 (当然ですね)

宗義智(万松院まつり)

 万松院(ばんしょういん)は、宗 義智(宗家)の菩提寺 で国指定史跡。

 毎年秋には、万松院まつりが開催されています。

 (常識です)





宗義智(銅像)

 2016年3月12日(土)、銅像建てました。

 >>宗義智公銅像(対馬市厳原町中村)(Googleマップ)




宗義智(マンガ表紙)

 2016年3月、マンガニモナッタヨ!


宗義智(マンガ1)

 興奮シスギテ、カタコトダヨ!


宗義智(マンガ2)

 文禄慶長ノ役デモ タタカッタヨ!


宗義智(マンガ3)

 秀吉ダマシテ、オコラレタヨ!(朝鮮国王モ ダマシタヨ!)


宗義智(マンガ4)

 家康ニ タノマレタヨ!(デモ、家康モ ダマシタヨ!)


宗義智(マンガ5)

 関ヶ原、西軍ニツイタラ、負ケタヨ。(ヨミ、甘カッタヨ)

 当然、家康二モ オコラレタヨ!


宗義智(マンガ6)

 平和ナ時代ガヤッテキタケド、トンデモナイ秘密ヲ 抱エタママ 亡クナッタヨ!

 2代藩主、宗 義成(ソウ ヨシナリ)、生キタ心地ガシナカッタヨーー!!



(カタコト解説にはかなり偏見が含まれております)



 さて、このスーパースター「宗 義智」を描いたマンガがついに世に出ます!!

 コンパクト!(13cm×19cm) 絵が綺麗! 戦国の世がよくわかる!

マンガ対馬の歴史偉人物語1
初代対馬藩主 宗 義智
対馬藩外交の礎を築いた英主

 4月から、観光情報館ふれあい処つしまで、756円(税込)で販売します〜。

 予約受け付けます!


【企画・制作】 (株)梓書院 092-643-7075
【編集】 長崎県対馬市
【マンガ】 屋代 尚宣(やしろ ひさのり)
【監修】 対馬の歴史マンガ化事業実行委員会
【発行】 平成28年3月22日
対馬の歴史 | 00:43 | - | - |
対馬観光ガイドの会やんこも研修in韓国熊川・慶州
 こんにちは、局長Nです。

 今週火曜日2/23に実施した対馬楽講座(第1回)の報告をしようと思いましたが、2/12(金)〜2/14(日)の「対馬観光ガイドの会やんこも」の研修のレポを忘れておりました(-_-;)

 さて、「対馬観光ガイドの会やんこも」では、毎年対馬と関連の深い場所へ研修旅行を行っており、今年で7年目を迎えます。

 今年度のテーマは、初代対馬藩主宗 義智(そう よしとし)公の義父でもある、小西行長が文禄慶長の役(朝鮮出兵)の折りに築いた倭城(わじょう。日本式の城郭)です。

 旅費もほぼ手出しなのに、皆さん熱心です(^^;)


 プサンからタクシーに乗って1時間ほどで熊川(ウンチョン)へ。


熊川倭城1

 人のいない山城跡を、看板に従って登っていくと・・・。


熊川倭城2

 400年前、キリシタン大名小西行長が築いた山城跡が出現!

 行長はここにセスペデス神父を招いてミサを開き、それが朝鮮半島への最初のキリスト教伝来となったそうです。

 異国の地で殺し合いをしながら、その一方でミサを開く・・・どんな心境だったんでしょうね。


熊川倭城3

 石垣の角の処理が少し不思議です。縦に長く積むと、不安定に見えますが・・・。


熊川倭城4

 城は高台にあり、補給は船(海)から行うため、海と城をつなぐ「登り石垣」が特徴。

 古くはこのあたりは鉄の産地でもあり、倭人(日本人)も鉄を求め、海を越えてやってきていたそうです。


熊川倭城5

 関が原の合戦で徳川家康に敗れ、キリシタンであったため切腹(自殺)を拒み、処刑された行長。

 熊本に築いた宇土城(うとじょう)は、島原の乱後に徹底的に破壊されました。

 彼が築いた山城が400年後も異国に残っていることに、時間の流れの不思議を感じました。


慶州博物館

 翌日は、新羅の1000年の王都、慶州(キョンジュ)の国立慶州博物館へ。


ハニワ?

 韓国にもハニワがあるのか?! と思ったら、奈良国立博物館の「日本の古墳文化」特別展でした。

「奈良まで見に行くの大変やけん、ここで見ていこうや!」

 たしかに(^^;)


仏国寺

 続いて世界遺産・仏国寺へ。ここも文禄慶長の役の戦場のひとつで、石垣には火災の跡がありました。


石積み

 韓国人観光客が増え、対馬の神社や山でも見かけるようになった石積み。祈願のために小石を積む風習があるそうです。


石窟庵

 同じく世界遺産の石窟庵の石仏は撮影禁止でしたが、圧倒的な存在感でした。


釜山鎮支城

 最終日は海が荒れ、船が1時間遅れになったので、ちょっと寄り道。


子城台

 子城台(チャソンデ)の釜山鎮支城(文禄慶長の役の最初の戦闘地のひとつ)と、朝鮮通信使が航海の安全を祈願する海神祭を行った永嘉台(ヨンガデ)を見学。


朝鮮通信使歴史館

 朝鮮通信使歴史館を見学しました。


JRビートル

 無事、帰島。
 70分で韓国から比田勝港に戻り、厳原(いづはら)に着くまで車で90分(笑)


清水山城

 職場の「観光情報館ふれあい処つしま」から見える戦国末期の山城「清水山城」(しみずやまじょう。国史跡)は、秀吉配下の戦国大名たちが朝鮮半島に築いた倭城と同時代の城跡です。

 文禄慶長の役と、その当時の対馬の状況をリアルに感じることができ、充実した研修となりました。


ちなみに過去の研修地は以下の通り。  

平成26(2014)年度
 広島呉市(ヤマトミュージアム)、福山市(鞆の浦・対潮楼)

平成25(2013)年度
 韓国 蔚山(西生浦倭城、蔚山倭城)

2012年度
 福岡県太宰府市(九州国立博物館・大野城)

2011年度
 >>熊本県宇土市/熊本市(当協会ブログ2011.10.1)

2010年度
 >>山口県萩市(当協会ブログ2011.4.5)

2009年度
 >>佐賀県唐津市/長崎県長崎市(当協会ブログ2010.2.23)
対馬の歴史 | 03:10 | - | - |
樋口一葉と「書く女」について
 こんにちは、早々に年内ブログ放棄宣言をした協会スタッフ・フナメンに、なにか必殺技(ふれあい処つしまの駐車場で垂直落下式DDTとか)を喰らわしてやろうと思っている局長Nです。ヤマネコン・怒り


 今回は文学ネタです。

 明治の女流作家・樋口 一葉(ひぐち いちよう。5,000円紙幣に肖像が描かれています)に、師匠・恋人がいたことをご存知でしょうか?

 現在の対馬市厳原町出身の半井 桃水(なからい とうすい)、その人です。

 説明は手抜き(殴)、Wiki先生で。

 >>樋口 一葉(Wikipedia)
 >>半井 桃水(Wikipedia)

 死去まで三百編以上の小説を書いたが、今では読む人もいない、というバッサリ感が強烈ですが(-_-;)


 極貧のなかで短い生涯を閉じた一葉ですが、人生でもっとも高揚した瞬間は、ある「雪の日」ではなかったかと言われています。


 明治25年2月4日。

 小説家を志し、桃水に指導を受けていた一葉は、雪降りしきるなか、桃水宅に向かいます。

 桃水は深夜の執筆で疲れて寝ており、一葉は冷たい玄関先で2時間も待ち続けることに。

 目を覚ました桃水は驚き、一葉を招きいれ、創刊する予定の文芸誌「武蔵野」への寄稿を依頼すると、一葉は準備していた草稿を渡します。

 桃水は、手づからお汁粉をつくって一葉にふるまい、話が弾みます。

 雪も降っているので泊まっていきなさい(自分は知人の家に行きます)、との桃水の申し出を一葉は丁寧に断り、家に帰ります。

 小説家になるという夢、桃水の優しさ、お汁粉のあたたかさ、強まる桃水への思慕・・・。

 この日は一葉にとって特別な1日になったようで、日記の最後には、さまざまな感情が胸に迫り、「雪の日」という小説の構想が浮かんできた、と記されています。


 この時、一葉は19歳、桃水は31歳で、すでに妻を亡くして独身でした。

 一葉の通っていた歌塾「萩の舎」は女性ばかりで、やがて桃水と一葉の関係について醜聞が流れ、桃水を中傷する声もあり、一葉は桃水との絶交を余儀なくされます。

 1年後、小説「雪の日」を発表。

 その後、「にごりえ」「たけくらべ」などの作品で高い評価を受けますが、肺結核のため死去。享年24歳。

 >>一葉日記〈ふたり〉へ樋口一葉と半井桃水―東京・平河町/対馬(朝日ドットコム)



 前置きが長くなりましたが、以下、「対馬観光ガイドの会やんこも」の鍵本さんからいただいた情報です。


 樋口一葉の生涯を描いた二兎社の演劇「書く女」の全国ツアー(山形〜福岡)が、来年1〜2月に公演されます。

 >>書く女・トップページ(二兎社「書く女」特設サイト)

 一葉役は、NHKの「花子とアン」で主人公・花子の妹かよを演じた黒木 華(くろき はる)さん。

 桃水役は、平 岳大(ひら たけひろ)さん。

 そしてなんと!

 一葉の友人・野々村菊子役は、対馬出身の森岡 光さん。

 協会スタッフのめっちゃ身内でびっくりしました(-_-;)

 熊本で劇団「不思議少年」を立ち上げ、活動していますが、演技が好評で今回スカウトとのこと。

 >>書く女・キャスト(二兎社「書く女」特設サイト)

 福岡(北九州)公演のチケットは早々に売り切れたそうです。


 対馬出身の桃水が描かれる作品に、対馬出身の女優さんが出演するというのは、嬉しいものですね。


雪の日

 今回は写真がないので、月見一博さん作、「ある雪の日」を・・・。

 半井桃水・樋口一葉に興味をもたれた方は、半井桃水館のサイト・施設をご覧ください。

半井桃水館
〒817-0013 長崎県対馬市厳原町中村584番地
TEL:0920-52-2422
(火曜休館)
 >>半井桃水館(Googleマップ)

 >>半井桃水館(公式サイト)
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